野島埼灯台150周年 - 一般社団法人 南房総市観光協会

野島埼灯台150周年

野島埼灯台の資料館「きらりん館」
リニューアルオープン

野島埼灯台の歴史

History


野島埼灯台は、明治2年(1869年)にフランス人技師ウェルニーの設計によって建設された、日本最初の洋式8灯台のひとつです。

なぜこの地に灯台が必要になったのでしょう。それは日本の鎖国体制が終焉を迎え、日米和親条約によって開国(嘉永7年・1854年)してからの歴史にさかのぼります。

江戸幕府は慶応2年(1866年)、四国連合艦隊(英・仏・米・蘭)と関税を下げる方向に改訂した「改税約書」を結びました。
関税が下がることで、外国からの輸入が盛んになります。このため各国の船舶が安全に日本列島付近を航行出来る必要が生じ、江戸幕府は8箇所の灯台の建設を約束しました。
なかでも野島埼は東京湾の入り口として重要視されました。

これまで日本の灯台は、石を積んだ台の上に小屋を建て、その中で木や油を燃やし明かりをとる方式でしたが、遠くまで明かりが届く西洋式の灯台を建設することにしました。
一番最初に点灯したのは観音埼灯台(神奈川県三浦半島)です。
続いて野島埼灯台が明治2年(1869年)12月18日に点灯しました。木造四角櫓型の仮灯台を点灯したのが明治2年(1869年)1月10日、同年2月14日に本工事を開始し10ヶ月程度で完成したことになります。

当時の灯台は残念ながら関東大震災で地上6メートルで折損、轟音とともに倒壊してしまいました。
残った写真と資料によると、白色八角形のレンガ造りで、基礎から灯火まで30メートル・フランス製の第一等フレネルレンズと石油灯器の6、500燭光が採用されていたことがわかります。

現在の鉄筋コンクリートの灯台は、関東大震災の復旧工事によるものです。
その後、電化され現在730,000カンデラの光りを放ち、光達距離は17海里(約31km)となりました。野島埼灯台は今でも航海の安全を守り続けているのです。



皇室と野島埼灯台

Imperial family and Nojimazaki Lighthouse


2018年11月1日、西洋式灯台の建設が始まって150年の節目を祝う式典が都内で開催されました。
そのとき令和元年に即位した今上天皇が4歳の頃、野島埼灯台に上皇・上皇后とともにお越しになられた思い出をお話になられました。
海上保安部曰く、「皇室が灯台に複数回登ったことがあるのは、野島埼だけ」と普通ではあり得ないことのようです。

きらりん館リニューアルオープン

Kirarin-kan, Renewel Open!!


「白亜の灯台が美しく、展望台からの眺望は抜群」と定評のある野島埼灯台。
150周年の節目を迎える今年、多くの方々のご来訪をお待ちしております。


野島埼灯台を管理している公益社団法人燈光会のサイトもご覧ください

https://www.tokokai.org/tourlight/tourlight04/